模様替え
ひさしぶりに部屋をかたづけた。
窓を開け放ってみると冷たい空気がさっとはいってくる。
空を見上げると強い風にのって雲が流れていく。
PCにためていたCDをチェックしながらぼちぼちと作業をすすめていく。
なかなか気持ちのよいものだ。

こどものころ母がよく部屋の模様替えをしていたのを思い出す。
父と口論をした翌日は必ずといっていいほどしていた。
家具のレイアウトを変えて、くさくさした気分をリセットしていたのだ
と思う。
学校から帰って大きく重たい家具が移動しているのを見て「うえ〜っ」
と驚いたことを記憶している。
おそらく父への怒りの気持ちがパワーになって馬鹿力が出たのだろう。
あらかじめ「この家具をこっちにもってきて・・・」というプランがあ
って、父とのけんかという機会を待っていたのかもしれない。
無意識のことであろうが合理的なやりかただ。

スピーカーなどの場所をかえながら両手にはめた軍手でつもったほこり
をぬぐっていく。
なるほど・・・
ひとりでなっとくしながら気分よく部屋もきれいになりました。
窓を開け放ってみると冷たい空気がさっとはいってくる。
空を見上げると強い風にのって雲が流れていく。
PCにためていたCDをチェックしながらぼちぼちと作業をすすめていく。
なかなか気持ちのよいものだ。

こどものころ母がよく部屋の模様替えをしていたのを思い出す。
父と口論をした翌日は必ずといっていいほどしていた。
家具のレイアウトを変えて、くさくさした気分をリセットしていたのだ
と思う。
学校から帰って大きく重たい家具が移動しているのを見て「うえ〜っ」
と驚いたことを記憶している。
おそらく父への怒りの気持ちがパワーになって馬鹿力が出たのだろう。
あらかじめ「この家具をこっちにもってきて・・・」というプランがあ
って、父とのけんかという機会を待っていたのかもしれない。
無意識のことであろうが合理的なやりかただ。

スピーカーなどの場所をかえながら両手にはめた軍手でつもったほこり
をぬぐっていく。
なるほど・・・
ひとりでなっとくしながら気分よく部屋もきれいになりました。
大津


高校時代の友人から電話がありました。
10年・・・くらいぶり。
奥さんが寿司を買ってきて、寿司屋をしていた同学年のA君が
何年か前に亡くなったのを思い出して、わたしのことを心配
してくれてのことらしい。
彼とはなぜか気があって、いっしょによくないことばかりして
遊んだものです。
電話で話しているとまるで高校生のときと同じように感じます。
S自動車に就職してずっと広島勤務で、ここ10年の間に浜松、奈良
と移動し、今は滋賀県の大津ということ。
東京に4歳の孫娘と1歳の男の子がいてとてもとてもかわいいと言う。
ふっ、じいさんめ。
彼の同級のY君がボリビアで橋をつくっているとか、わたしの同級の
S君が東京で自らの命を絶ってしまったとか、・・・。
笑ったりため息をついたり。
来月紅葉のころに京都駅から携帯するからよろしくと言って電話を
切ったのです。
ふっ、元気でな。
WB

あなたの思うようにすればいいよ。
これも何か突き放したような気がするし
そうかといって自分の価値観とか生き方を押しつけて
しまうのもどうかなと思う。
そもそも、こうすれば人生うまくいく、といった解法
なんてないのだし。
こどもたちにどこまで伝えどこから任せるかの判断は
とっても難しい。
それはおそらく親にとっても同じなんだろう。
こどもに接し、小さくはない影響を与える者として、
いつも自分に対して疑問をもち、問いかけることをし
ていかなければならない。
こどもに語ることはその前に自分自身に語ってみなけ
ればならない。

世界には日本よりも貧しい国はたくさんあるが、そこで
暮らす人たちの生活はわたしたちよりもずっと人間らし
く見えるのはなぜだろうか。
ありあまるほどの物がなくても、最低限に少しのゆとり
があればなんとか幸せにやっていけるのだろう。
求めれば求めるほど渇き、焦燥感は強くなる。

石鎚

ここ数日さわやかな秋の日が続いています。
空気が乾燥してとてもきもちがいい。
石鎚山では頂上付近の紅葉は見ごろを終え、いまは
1900mくらいがさかりのようです。
だんだんと高度を下げてきて、11月末にはふもとで
も紅葉がみられるようになるでしょう。

金曜日、Y君は約束の時刻より1時間早く来てくれました。
仕事をすこしだけ早退したということです。
早退を届け出ると彼の上司は「ついでに休暇をとればよか
ったのに」と言ったそうで、いかにも公務員。
わたしが肝臓を患ったと言っていたので手土産に「肝臓に
よい紅茶」なるものをもってきてくれました。
飲んでみると紅茶というより、漢方。
12時近くまでいろいろな話をして楽しい時間を過ごしました。
朝鮮半島の安東(アンドン)にいっしょに行こうという話にな
りましたが、さて。
Yクン

今日11時くらいにY君から電話がかかってきました。
まだ寝ていたのでボーっとした頭で電話に出ました。
Y君はいま28歳で、記憶に残る生徒(いまは青年)のひとりです。
高校の2年のおわりか3年のはじめのころ、突然勉強に対する意欲
をなくしてしまい、わたしのところにもこなくなりました。
感受性の強い子だったので、学校のこと、世の中のことなどにつ
いて強い疑問を持ってしまったようです。
高校を卒業した後も進学するでもなく職につくわけでもなく、あ
ちこち放浪して友人たちの下宿などで寝泊りしていたようです。
かなりすさんだ数年間だったと推測するのですが、突然・・・
還ってきたのです。
勉強をしはじめ、1年間で神戸大の工学部・建築学科に合格し、
そのときに数年ぶりに連絡をくれ、会って話をしました。
それ以来6年ぶりくらいです。
突然の電話でした。
彼にはわたしは厳しく接したと記憶しています。
高い能力をもっているのにどこか弱い彼に歯がゆさを感じて、き
ついことばを投げつけたこともしばしばでした。
彼の心のどこかにわたしのことがひっかかっていて、ふとしたと
きに思い出して連絡してくれるのでしょう。
極細の糸でかろうじてつながっている人もいるのです。
会いたい、というので、明日おいでと言って電話をきりました。
彼はいま県庁で土木関係の職員として働いているそうです。

ねこさん
コメありがとうございました。
40代ですか。
微妙な年齢ですね。
しっかり楽しんでください。
しまぴょんさん
ありがとうございました。
60からは1つずつ減っていくのですね。
そう考えると気が楽になるかも・・・。
おそらく50くらいでおさらばということになるでしょう。
Aくん
ありがとう。
元気にしていますか。
顔みせてください。
ときどき思い出しています。
Mさん
まだ59ですよ。
かわらないけどね。
元気にしてますか。
また会おうね。
ありがとう。
おめでとう

今日(昨日)はわたしの誕生日でした。
とうとう59です。
リーチがかかったような感じですかね。
30は何も感じず
40は「ふーむ」と思い
50は「! ! !」で
次は「ついに・・・」っていうふうに感じるのでは
ないでしょうか。

勤め人ならば定年ですから、なんらかの区切りの意味
はあるのだと思います。
還暦ですからね・・・って、還暦って何でしょうね。
暦がぐるっと一周巡ってもとのところに還ってきた?
生命保険の書き換えがあって、同額の掛け金でガタン
と補償がすくなくなりました。
保険会社のたくらみにはまったような感じ。
「おめでとう」と言われても喜んではいられません。
ちょっとあせってしまいそう。

現実は、とても寂しい誕生日でした。
この歳でお誕生会でもないでしょうけど。
指定解除

米国による北朝鮮のテロ支援国家指定解除
やはりと思うと同時に、強い憤りを感じました。
そもそもあれは「拉致問題」ではなくて、りっぱな犯罪
なのですから。
個人であれ国家であれ、拉致し監禁するということは重
い犯罪です。
拉致被害者家族が指定解除の報に接したときの気持ちを
考えると、もって行き場のない怒りを覚えます。
政府には何を求めることはできません。
彼らは「国益」を最高の価値基準において意思決定して
いるふりをしていますが、ただの無策無能でしかない。
こんなのは国家の態をなしているとはいえない。
拉致被害者家族はなによりも国民の支援・支持を期待し
ています。
ただ、声をあげてほしいと願っているはずです。
人間はほんとうに自分さえよければいいという、どうし
ようもないエゴイストなのだと思います。
他人の痛み、つらさを理解できるイマジネーションをも
たなければ、もうだめでしょう。

日曜日に村の秋祭りがありました。
写真は「巫女さん」と「太鼓を打つ少女」です。
道元

道元は食事の仕方から用の足し方まで日常生活のあらゆる場面での
所作について、こまかいところまで指示をしています。
雲水の修行ではまずこのことについて徹底した教育がなされ、覚え
のよくない雲水は体罰を含めて叱責されるそうです。
入山最初の一年間は、経典はおろかどのような種類のものであれ文
章にふれることは許されず、座禅以外の時間はすべて基本的な所作
の反復訓練にあてられています。
思考することを許されず、完璧にエゴを没することを求められてい
るのです。
一年後には入山したときとはまったく別人になっているそうですが、
この厳しい修行に耐えられず寺からの脱走を試みる者もいるそうで
す。
いまの自分には、いや若いときであっても、そのような修行は無理
ですが、現在の教育現場にそのような厳しさを少しでも取り入れる
ことができればと思います。

道元の思想では、自我をなくし、物心ともに極限まで存在を小さく
して、自然のなかで謙虚に生きることを求められていますが、それ
は現在のわたしたちの生き方とは対極にあるものです。
これまでの傲慢な存在のしかたを変えることができなければ人類は
もう長くはないでしょう。
道元を含めた古くからの東洋思想には学ぶことはたくさんあるよう
です。
この宗派の僧侶が身につけている透明感のある表情とゆらぐことの
ないたたずまいはただ本を読み理解しても得られるものではないで
しょうが、これからの人間像について大きな示唆を与えてくれてい
るように思います。
あいかわらず脈絡のみえにくいひどい文章ですが、お許しを。
いよいよ明日は秋祭りです。
なにか旗をもつ役割のようですが、カメラも持っていくつもりです。
はぁ、しんどいなぁ。
風邪ひきました

風邪をひいてしまって、なかなかすっきりしない。
歳とともに回復力が落ちてきているのだろうか。
問題発言で辞任した大臣が次の選挙は出馬しないという。
そこで人気のある県知事をというのもどうなのだろうか。
なんだか幼稚さを感じてしまった。
まぁこの程度なのだろう、この国の政治というのは。
官僚は官僚なりに、議員は議員なりに、それになる動機がまず
まともではない人が多いように感じる。
駒澤大学という学校がある。
どちらかというと右よりの大学かなと思っていたが、曹洞宗
の仏教系大学だった。
心の時代で道元の正法眼蔵について話をしている角田泰隆さん
という人の話に心うたれてネットで調べてわかった。
禅宗にはひかれるものがあるのだが、もうすこし社会に対して
の働きかけをすればよいのにとか考えていた。
でもそれは禅宗の思想とはちょっとちがうのだということ、す
こし理解できたかなと思うけど、たぶんわかってはいない。
道元の思想は読んでもむずかしいけど、ことばとして理解して
もそれは真の理解とはまったく異質のものだ。
だから道元は「ややこしいことを考えずに、ただただ座りなさい」
と教えたのだろう。
人間とは愚かな生き物なのだろう。







